「手伝う……って、何をだよ」 「……さっき、アナタたちを殺したものを排除したい。トオルだけじゃ手が足りない」 「あの黒い犬みたいな奴らの事か……?」 「そう。汚染された霊的存在。通称『幽魔(ゆうま)』。分かりやすく言うと、悪霊ってところ」 淡々と告げる彼女に、タイキは軽く舌打ちした。 「あのなぁ……。どっからか鉄パイプでも拾ってきてリベンジしろってか? つってもすぐにまた殺されるだけだろ」 言いつつ、ふと首筋に手を当てた。 「助けてくれたのは感謝してるが、まさか何度死んでも生き返らせてやるから特攻しろだなんて……」 「そうよ。それに、そこまでエラそうに言うんだったら、アンタももちろん戦うんでしょ? 魔法とか何かで」 「……。3つ。アナタたちは思い違いをしている」 「クロエ、手短にね」 灰色ネコのトオルに目配せした彼女は、そのまま続ける。 「アナタは既に、幽魔に対抗する力を持っている。もちろん、そっちのアナタも」 「あたしも?」 「聞いて。アナタたちは1度死んで、天界……天国に行ったはず」 言われて思い返す、あの白くてふわふわしたような世界。 「天界の空気は、人間の魂に祝福を与える。その魂が肉体に戻った時、とあるリミッターが外れるようになるような」 どこか辺りを警戒しながら、クロエは少しだけ早口になった。 「それは、人は元来誰しも持っている力。第六感、いえ、第七感と言い換えてもいい」 「……天国へ行けば誰でも使えるようになるけど、普通は死んだら一方通行だから……って事か?」 「そう。アナタは察しがいい。……身体の中心、魂の形をイメージして。その力は既にアナタたちに宿っているはず。外見や声と同じように、人ごとに力の内容は異なる」 「……こう、か?」 言われるがままに目を閉じて念じても、特に何も起こらない。 何故かやたらと暗闇の中に数字がチラついただけで、やはり周囲は静かなままだった。 と。 「お、おー! スゴいじゃない、これ!」 ふと頭上から幼なじみの声が聞こえ、目を開けたタイキは。 マソラの姿が、数メートルほどの中空で舞っているのを目にした。 「能力を総称して『ギフト』。神からの贈り物。……アナタのギフトは風みたい。でも……」 そのまま歓声を上げつつ空を泳ぎ回るマソラに、クロエは小さく吐き出した。 「おそらく、それはアナタの性格に似て、瞬発力に特化したギフト。持久力が必要な事には不向き。だから……」 言い終わるか終わらないかの内に、マソラの上昇速度が鈍くなっていく。 そして。 「うっきゃあああああっ!?」 悲鳴を上げた彼女は、どこか緩やかに下降し始め、そのままぼてっと墜落した。 「お、おい、大丈夫か……?」 落ちながらも上昇を続けようとしていたおかげか、ひとまずは無傷のようだった彼女。 「痛たたた……そういう大事な事は先に言いなさいっての……チュートリアル失格だってのよ……」 「チュートリアル……?」 どこか疑問の色を表情に混じらせたクロエは、ふと思い出したかのようにタイキへと向き直った。 「それよりも、アナタのギフトは?」 「……分からん」 「もう1度やってみて。ギフトはアナタの魂の形を象徴する。心の奥底をイメージして」 言われるがままに再度意識を集中させても、やはり何も起こらない。 先ほども見たせいか、やはり数字がチラついて仕方なかった。 「……不発?」 「んー、聞いた事無いんだけどねぇ……」 クロエと灰色ネコが同時に首を傾げた、その時。 ふと目を開けたタイキの視界の奥に、何かが映った。 それは先ほど、自分とマソラを襲った黒犬。 「お、おい! 幽魔つったか、また来たぞ!」 「……はぁ? 何もいないじゃない」 指した方向にマソラが視線を向けるも、すぐに怪訝な顔で息を吐き出した。 「よく見ろよ! 向こうのビルの影に、数匹……」 「……。いや、彼は正しいよ」 同じ方向に目を凝らしていた灰色ネコが、近くの塀に飛び乗った。 「トオル。3分でいい。足止めしてきて」 それを合図に駆け出した姿を、現れた数匹の幽魔が追っていく。 それらの姿は右の曲がり角の奥に消えていった。 「……説明はまだ終わってない。もう少しだけ、話に付き合って」 トオルが消えていった方向を見つめ、それからマソラに視線を向け、クロエがつぶやいた。 「あの幽魔の排除は、トオルやアナタたち……いえ、アナタの風のギフトに頼る事になる」 「……俺が役立たずってのは分かったけどよ、お前は戦わないのかよ?」 その黒いローブやネクロマンサーという事からして、大鎌とか似合ってんじゃねぇのかとタイキが続けようとすると。 「ワタシ、戦闘訓練なんか受けてないから」 「……は?」 「ワタシは術式の訓練しか受けていない。戦闘の技術はゼロ。もしそっちの役に立つ方のアナタが上手く立ち回ってくれない場合、全員仲良く幽魔のエサになる」 やはり表情を変えぬまま、淡々と続けるクロエ。 「ワタシたち、ネクロマンサーの役割は大きく分けて2つ。死者を蘇生する事。そして霊を浄化する事。これらの術式は難しく、習得面でも実際の運用面でも、それだけに集中して取り組む必要がある」 「……つまり余計な事をしてる余裕は無い、ってわけか」 「そう。術式に特化して、完璧なものを少しでも早く組み上げるため。それに、術式中は無防備」 言いつつ彼女は、自身の肩にそっと触れた。まるで、そこに灰色ネコがいるかのように。 「……それに加えて、問題は後者のエクソシスト的な役割の方」 言葉の途中で、ふとクロエが視線を前方に向けた。 タイキもそれに倣うが、特に新たな幽魔の姿は見当たらなかった。 「穏やかな霊であれば、ワタシの術式でどうにでもなる。でも、暴れる幽魔にはそう簡単に通用しない。実力行使で叩き伏せるか、誰かが時間を稼いでいる間に一帯をまとめて浄化するしかない」 「……」 「以上の理由により、ネクロマンサーではない、サポートに特化したトオルのような相棒が必要」 「ふーん、聞くからにエラそうなにゃんこねぇ。ネズミだったらあたしだって追い払えるっての」 「……ネズミ程度だったら、いいのだけれど」 クロエがつぶやいた、その時。 「……おい」 「分かってる。前方、左方。……右方は上手くトオルが足止めしてくれてるみたいだけど」 その言葉通り2方向の路地から現れた、あの黒犬のような幽魔の群れ。 「役立たずなアナタは下がって。ここでワタシと一緒に大人しくしていて」 「……おう」 クロエと共に1歩下がり、身をかがめる。 対して、2人の視線の先では。 「んーと、多分こうして……あー、なるほどねー」 何やら準備運動のような事をしているマソラの手の平に、空気の渦のようなものが生まれた。 それからそれを、大きく振りかぶりまるでボールのように幽魔の群れへと向けて叩きつける! 耳をつんざくような風切りの音と共に、幽魔が2、3体同時に消し飛んだ。 「おおー、要するにこれあのゲームのあのスキルの……」 「……さっきも言ったけど、気を付けて。アナタのそのギフトは瞬間的には強力だけど、持久力はあまりないみたいだから。それに見たところ力の制御もまだ全然……」 「ふーん。じゃ、エネルギー切れになる前に終わらせてやるってのよ!」 自身の両手をパン! と突き合わせたマソラに、ふとクロエがつぶやく。 「最後に1つだけ。……死なないで。アナタたちの命は2つ目。でも、もう次はない」 「……?」 それはどういう意味かとタイキが相手を見つめるが、とうのマソラには風の音で聞こえていないようだった。 「そうだ、ちびっこ! まだ聞いてなかったけど、あたしたちって何ていうの? ほら、生き返ったのはいいけどなんか名前とか! 生き返った奴、とかじゃ味気ないし!」 どんどん強くなっていく暴風の中で、マソラが叫ぶ。 「……。天国に拒絶されし者(アンチ・ヘブン)、黄泉帰り(リバイバー)。ワタシたちの間でも呼び方は人それぞれだけど、ワタシ個人としてはこう呼んでる」 一度言葉を切り、そして。 「……『神からの贈り物(ヘブンズキャリア)』」 「上等!」 同時、幽魔たちの一角が暴風と共に消し飛んだ。 マソラの手に生まれた暴風が幽魔の群れを宙に巻き上げ、地に叩きつけ、そして切り裂いていく。 勢いあまってアスファルトすらも削り取られていくが、まるで小規模災害のような反撃により、幽魔の群れは次第に数を減らしていった。 ……最初からいた群れに限れば。 後から後から新たな群れがどこからか現れ、3人はいつしか囲まれる形になっていた。 「ってかちびっこ! こんなのキリが無いってのよ!」 「奴らの親玉がどこかにいる。それを倒さない限り、いくら吹き飛ばしても一時しのぎにしかならない。……そしてそれが、ワタシとトオルが追っている幽魔」 「……はぁ!? 無限湧きって……どうにかなんないの!?」 「……もうやってる」 いつの間にかクロエの手元に光が灯り、それが地面に魔方陣のような黄白色の模様を描いていた。 「今のうちに、この一帯を浄化し、同時に奴らを一気に殲滅するための術式を組む。集中するから、再度死にたくなければ話しかけないで」 「……おう」 魔方陣の数はいつしかその数を増やし、それらを囲む形でより大きな魔方陣が構成され始めていた。 と、何かを察したのか、幽魔の内の1体が跳ねてクロエへと躍りかかった。 「させるかぁぁぁっ!!」 同時、マソラが放った空気の塊が、その幽魔を押しつぶした。 「……あまり気合いを入れ過ぎないで。さっきも言った通り、アナタのギフトにはおそらく持久力が……」 「徹夜も3日まではいけるあたしの体力をナメるんじゃ……ないってのよ!」 叫ぶと同時、同時に4、5体ほどが消し飛ばされた。 「……」 特に何かをするわけにもいかず、タイキはただ言われた通りに無言のままでいるしかなかった。 ふと真上を見上げると、そこにはやはり濃いながらも先ほどと変わらない赤い空があった。 おそらくは今いるこの場所が、クロエの言う「汚染」の中心地点なのだろう。 「……もう少し」 より大きな魔方陣はさらに大きな魔方陣の一角を為しており、それは半径数メートルはあろうかという巨大なものだった。 その大魔方陣の中心には光が渦を巻き始め、そこから細い一筋の光が天まで立ち昇ろうとしていた。 ずっと血のような赤い色しか目にしていなかったタイキは、その眩しさに思わず一瞬だけ目を閉じる。 そして次に目にしたのは、前に集中しているマソラの背に、1匹の幽魔が飛び掛かった光景。 「……おい、後ろだ!」 とっさに目を閉じたせいか、やたら脳裏に張り付く『5』という数字に舌打ちしつつ、叫ぶ。 だが再度瞬きをすると、そこには何もいなかった。 「……っ? こっちは忙しいんだってのよ! 気を散らすような事言ってるんじゃ――」 その瞬間、ほんの数瞬前に見えたのと同じ通り、1匹の幽魔が群れの中から飛び出した。 その幽魔は背後からマソラの首筋目がけて飛び掛かったが、すぐさま突風で薙ぎ払われて近くの外壁に叩きつけられた。 「おっと、危ない危ない。不意打ちしようだなんて卑怯よ!」 「……くそ」 結果オーライではあったが、その前にも飛び掛かられていたのは彼女には見えていなかったのか。 目悪いんじゃねぇのかアイツ、と毒づきながら、再度目を凝らす。 彼の隣では、最も大きな魔方陣の外周を光がいくつにも分かれてなぞり、次いでその光の線は内側の小さな魔方陣まで流れていく。 「……ほぼ終わり。一斉浄化まであと20秒ってところ――」 と。 再度振りかぶったマソラが、その場に膝をついた。 それでも手を宙にかざすが、そこに生まれる風もどこか弱々しくなっている。 「……やば……。電池切れ」 「……だから言った。最も、最初でこれだけなら素質はあると思う。訓練を積めば、だけど」 その瞬間、数匹の幽魔が同時に跳ねて。 ――クロエの胴体に噛みついた。 「おい!?」 その瞬間、構築を終えられようとしていた魔方陣が術者を失い、白い光もろとも一気に霧散した。 クロエの身体は大きく吹っ飛び、そのままゴロゴロと転がった。 幽魔たちが何かを口にくわえていると思ったら、それは彼女が身にまとっていたローブの切れ端であるらしかった。 「……ちびっこ!」 とっさにマソラが風の塊を投げつけ、幽魔を吹き飛ばす事には成功したものの消すには至らず、数匹は着地して体勢を立て直した。 「……くそ!」 とっさに駆け出したタイキは、横たわる彼女を囲もうとする幽魔の群れに立ちはだかる。 背後の彼女はゆっくりと起き上がろうとしているようであったが、自分たちを殺した幽魔に喰われかけたのだ、無事なはずがない。 視界の奥ではマソラもどうにか再度立ち上がろうとしていたが、こちらも体力を使い果たしたのか、どこかフラついていた。 そんな2人へと視線を向け、タイキは舌打ちした。 自分のギフトとやらは不発で、ネクロマンサーの彼女はおそらく大怪我、頼みのマソラも疲労し切っている。 「くそ、何かないのかよ……!」 3人を囲みつつ、幽魔の大群はじりじりとその包囲を狭めている。 この状況で希望があるとすれば、クロエが謎の自信で相棒と言い切っていたあのしゃべるネコだが、その姿もどこにも見えなかった。 と。 「……どいて。アナタじゃ……何も出来ない……から」 いつの間にか立ち上がっていたクロエが、片手で噛まれた付近を押さえながらも、もう片手でタイキを引っ張った。 「おい!」 顔に脂汗を浮かべた彼女は、苦しそうな息と共に吐きだす。 「……トオルが戻ってくるまで……一時しのぎで耐える。……そうすれば……」 震える手で、先ほどとはまた違う種類の魔方陣を描き始めたその時。 「ほんと、無様ですわね」 そんな少女の声が頭上から聞こえ、同時に数本の氷柱が降り注いで幽魔を串刺しにした。 「……?」 クロエと同時に、タイキがその方向を見上げると。 幽魔の群れの中心、街灯の上に起用に立つ少女の姿が見えた。 彼女はどこからか取り出した扇子(せんす)を、そのままクロエへと向ける。 「あなたには大きすぎる仕事だと思い、念のために様子を見に来ましたが……案の定ですわね」 やれやれといった体で首を振る彼女の視線が、新たな獲物を見つけて吠え猛る幽魔の群れへと向いた。 「……やかましいですわよ。少し落ち着きなさいな」 そう言って彼女が街灯から飛び降り、群れの中に突っ込んだその瞬間。 「……なっ……」 まるで冷凍庫の中にいるかのような強烈な冷気を感じ、タイキは身震いすると同時に目を瞬いた。 一瞬にして辺り一面が付近の幽魔もろとも氷結し、動くものは何もなかった。 「アイツは……?」 自身の靴の数センチ先まで凍り付いた路面を見つめつつ、つぶやくのがやっとだった。 「……味方。一応は、だけど」 どうにか息の調子を整えたクロエが、大きく吐き出しながら口にする。 そしてそれを、同じく無言のままに見つめているマソラ。 それらを意にも介さず、謎の少女は扇子を広げて口元に当てた。 同時、氷が閉じ込められた中身ごと粉々になって砕けた。 「わたくしに出来るのはここまでですのよ。……さぁ、役立たずネクロマンサー。今のうちにまとめて浄化してしまいなさいな」 それからしばらくもしない内に、あの大きな魔方陣は再構築され、辺りはまばゆい光に包まれた。 光が消え去るとそこに残ったのは元通りの青空と、幽魔も氷も消え去ったいつも通りの世界。 そしてそれを大した感慨もなく見つめている少女は、唐突に背を向けた。 「わたくしはしばらく辺りを見回ってきますわ。その間に一息ついておきなさいな」 それだけ言うなり、スタスタと去っていく彼女。 それをあっけにとられて見つめていたタイキは、ふと先ほどの事を思い出してとっさにクロエに向き直った。 「って、おい! 大丈夫か!? さっきアイツらに喰われかけただろ!」 何故か脂汗も消え、顔色も別に悪くないように見えるクロエは無言で、食いちぎられてボロ布のようになっていたローブを脱いだ。 そこから現れたのは、黒を基調にしレースで縁取られた、ゴスロリめいた服。 「エンチャントドレス。清められた布に、一種の魔力繊維が織り込まれている。少なくとも幽魔からの攻撃に限れば、鋼鉄の鎧よりも丈夫だから安心していい。アナタよりはよほど安全」 「……おう、そうか」 一瞬納得しかけたタイキは、ふと別の疑問を口にする。 「って、じゃあ、さっきお前が死にそうな顔してたのは……」 「転がった時に、そこの車止めにお腹ぶつけたから痛いだけ。傷跡残りそう」 「……おう」 そしてタイキの隣では、立ち上がる気力すらないのか、地面に直接座り込んだマソラが声を上げた。 「あー、めっちゃ疲れた……。これMP消費効率悪すぎるってのよ……。魔力ポーションとか無いの? ってかアイツは何よ?」 「……」 それを聞かれたクロエは一瞬だけ困ったような色を浮かべてから、息を吐いた。 「……その前に。さっきも言ったけど、ワタシたち術者……ネクロマンサーは戦闘能力を持たない。だからトオルのような支援者、通称サポーターが必要となる。術者とサポーターは、2人で1つのコンビを組む事が通例」 「ふーん。で? アイツの相方のネクロマンサーはどこにいるのよ?」 と。 「そう。わたくし、ネクロマンサー統括組織の『セントラル』、サポーターのリンカと申しますの」 いつの間にか戻ってきていた彼女――リンカが、その後ろにトオルを伴い一礼した。 「あ、にゃんこ!」 「……ごめんね、段々と数が増えてきて、あの場所から動くに動けなかったんだ」 どこか困ったような声色のトオルは、そのままクロエの元に戻る。 そしてそれを見つめていたタイキは、ふと聞こえた耳慣れない単語を繰り返した。 「……『セントラル』?」 「そう。ワタシやトオル、リンカが所属する場所。派遣元と思ってくれていい」 「ふーん。もっと怪しげな名前だと思ってたってのよ」 「……」 興味深そうにうなずくマソラに、ふとリンカの視線が向いた。 次いでその視線はタイキへと移り、そして彼女の表情が険しくなった。 「……まさかと思ってお聞きしておきますが、そこのお2人。その服に付いた血は一体……?」 「ああ、これ? そのちびっこが助けてくれたってのよ。あたしとそこのムスッとしてる奴を。なんか使えるようになっちゃったし」 いくらか回復したのか、マソラが手の平に風の球を浮かべ―― 瞬間、距離を詰めたリンカがクロエの首筋に扇子を押し当てた。 「『神からの贈り物(ヘブンズキャリア)』を1人のみならず2人も……! あなた、自分が一体何をしたか理解していますの!?」 「お、おい! いいかよく聞けよ、このクロエつったか、こいつは1度死んだ俺とマソラを生き返らせてくれてだな、」 「それが問題だと言っていますのよ!!」 顔を歪めて叫んだリンカは、そのまましばらくクロエを睨みつけていたが、ふと背を向けた。 「この仕事が最初からわたくしに割り振られていれば、あなたたちは殺される事は無かったのです」 「……」 「今回の任務、降りてもよろしくってよ。あなたにはいささか荷が重いようでしたから」 そのままスタスタと歩き出した相手は、ふと足を止めた。 「……あなたたちもこれで手を引きなさいな。このままですと……再び死にますわよ」 「……?」 「ギフトを使おうとしなければ、『セントラル』も黙認してくれるでしょう。お帰りなさいな、元通りの平和な日常へ」 そこでタイキはふと、クロエが「仕事を手伝ってほしい」と言っていた事を思い出した。 「……ああ、そうそう」 再度歩き出しかけたリンカが、再度立ち止まった。 「わたくしの相方のネクロマンサーはどこにいるのか、でしたわね」 「……」 「いませんわよ。元から」 「……?」 「だって、足手まといなんですもの」 それだけ言うなり、彼女は今度こそ足を止めず去っていった。 「……」 リンカの姿が見えなくなると、クロエは無言のまま灰色ネコを肩に載せた。 「……あー、で、何だっけか。お前の仕事、これで終わったんだろ?」 だったら俺たちはこれで帰るからな、とタイキが続けようとしたその時、相手はポツリとつぶやくように言った。 「……まだ終わってない。今回は、幽魔の親玉が汚染した区域を浄化して、その手下の一部を排除しただけ」 すっかり元通りになった青空を眺め、クロエは息を吐いた。 そしてその言葉を、肩のネコが引き取った。 「そう。一時しのぎさ。区域はもう放置しても問題は無いけど、親玉が再度ここを訪れた場合、また同じ事が起こるはずだよ」 「……だから、アナタたちにももう少し仕事を手伝ってもらう」 「ふーん、なるほどねー」 「……?」 伸びをしつつ、ニヤリとした笑みを浮かべるマソラ。 「もちろんだってのよ。アイツに言われたままで引き下がれるわけないでしょ? っていうかあたし、ああいうエラそうなの大嫌いだっての」 「……!」 「次こそはもっと活躍して、アイツをぎゃふんって言わせてやるってのよ」 回復してきたのか、手をパンと叩く幼なじみとは対照的に、タイキは。 「……やめだ」 「……え?」 強弱はともかく、どこか驚きの色を浮かべてこちらを見つめる2人に、再度吐き出す。 「マソラはともかく、俺のギフトとやらは結局不発だったんだ。だから、コイツだけ戦わせるわけにもいかない」 「……」 「乗り掛かった船で悪いが、コイツは返してもらう」 「……そう」 ポツリと、やけに大人しく引き下がるクロエ。 「え、ちょ、ちょっと!」 「うるせ。言っちゃ何だが、打つ手無しでやってられっかこんな事。お前に何かあったら、別方向から俺が殺されかねないんだよ」 その時脳裏に浮かんだのは、幼なじみという腐れ縁を続けさせてきた元凶。 「つーわけでだ」 強引にマソラの手を引き、ネクロマンサーに背を向ける。 「お前とネコとさっきのリンカとかいう奴で、どうにかやってくれ。……ああ、もちろん生き返らせてくれた事は、死ぬほど感謝してるからな。後で飯でもおごらせてくれ」 「……」 「じゃあな。お前の仕事が無事に終わる事を祈ってるよ」 と。 「……待って。これを見ておいた方がいい」 数歩踏み出しかけたその時、クロエが口を開いた。 「……?」 彼女は衣服のポケットから、輪状の何かを取り出した。 よくよく見るとゴルフボールより一回り小さい程度の紫色の髑髏(どくろ)がいくつか連なっており、それらが紐で括られて首飾りの体を為していた。 「……んだよこれ……?」 これが本当に首飾りであるのなら、何かの部族が儀式で使うような悪趣味なアクセサリー。 「この髑髏は『魂の棺桶』と呼ばれるもの。これはワタシが今までに蘇生した人たちの、魂の欠片を封じ込めた呪具(マジックアイテム)」 「ふーん」 興味深そうにマソラが触れようとすると、相手はすぐにそれを引っ込めた。 「これを壊すと、ワタシが蘇生した魂を解放する事が出来る」 「解放……? まさか……!」 「そう。アナタは察しがいい」 そこでクロエは、出会ってから初めてうっすらと笑みを浮かべた。 「この髑髏はワタシの魔力で結びつけてある。ワタシが死んだら、同時に全部壊れるように」 つまり、それが意味する事は。 自身とマソラに、選択権など無く。 「ワタシに何か危害を加えようとしても、ワタシの前から怖気づいて逃げ出しても、すぐにこれを砕く」 自分たちを生き返らせたのも、まさか最初から……。 「ワタシの仕事……手伝ってくれるでしょう?」 灰色ネコがため息をつきながら、前足で頭を掻いたのが見えた。