━━━━━駅の中や周りに、たくさんの人が集まっている。 …だいたい夜が明けたばかりだろうか。 空に雲はないといってもいい。 …そんな様子で、晴れているのに…。 …大雨が降っている。さすがにゲリラ豪雨程激しく、 大量というわけではないが、それでもこの大雨が長時間続くと…、 …正直なところ、とてもよろしくないことが起こるような気がする。 晴れているのに、この大雨。そんな空の下にある駅に、 たくさんの人が集まっている。いや…、 この場合、集まりたくて集まっているわけではなさそうだ。 空と駅、そして人々のこの様子。 自分がかつて過ごしていた世界で、街で。 何かよくないことが起ころうとしているのか。 もしくは、もう既に起こっているというのか。 駅から少し離れた位置にある、公園内にある植物園の窓から、 その有様を眺めるその様子は、心配そうな顔。 「………ガラティア、大丈夫かな………」 …本音。正直な気持ち。そして、今待っている人。 待ち合せしていたはずの彼が、まだ自分の傍に来ていない。 彼のことを信じているとはいっても…、 このような予想できなかったことが起こると、 その信用は揺るぐものなのか。 だって…、最初から最後まで信じているのなら、 心配など…、しないだろうに…。 不安そうに、小さくため息をつく。 幸い強風は吹いてはいないので、今いる… 植物園の建物の中は安全地帯にはなりそうだが…。 待ち人の名前を呟きながら、 ピンク色のワンピースに、死人のような青い肌、 そして…身体の一部が機械化されたような女性、 ルーポラが呟いた━━━━━。 【雨の中で探す者は】 ━━━━━…彼女に会うために、植物園を 待ち合せ場所にしたのがまずかっただろうか。 早くそこに向かうには、電車にせよバスにせよ、 そしてタクシーにせよ…。何か乗り物に頼る必要があるのだが。 「…雲がないのに大雨とは、一体何事じゃ?」 彼女が植物園の中から見ているであろう駅とは別の駅。 その入口である、駅への階段には…、 たくさんの人が集まっている。人ごみに近付き、 皆は一体何をしているのかを様子を窺うと、 何やら電車が止まっているということらしい。 …なら、バズはどうだ?タクシーは? 内心で呟き、顔をしかめて周囲を見渡すものの、 どうやらその方法も不可能なようだ。 一体どうしたのだろうか、と今彼がいる駅の近くの 電光掲示板の流れる文字に目をやると、 どうやら大雨により河川が氾濫して、 その影響で線路や道路が塞がれてしまったとのことだ。 「(…道理で、先へ進めぬわけじゃ)」 それはとても困ったことになった。 …と、右手で額を覆い、目を伏せる。 その右手は、骨のようなものだった。顔や体の大部分が、 エメラルド色のマントで覆われているため 姿は殆ど確認できなかった。 「………」 さて、これかたどうするべきだろうか。 電車が動かないならば、駅も機能しないだろうし、 バスやタクシーも使えないなら…、 頼れるのは、自分の足のみか。 大雨や氾濫を止められるわけではないし、 何か情が湧いたとしても…無謀なことはしない方がいい。 エメラルド色のマントを身に付け、 姿のよく見えない彼…ガラティアが静かに歩き出した。 ………乗り物は使えない。それゆえに 待ち合せ場所まで行こうと思えば、 どうしても時間がかかってしまう。 今可能な移動手段は、実質的に徒歩しかない。 遅れるのは仕方ない。やむを得ない。 「(ルーポラは拙者に何らかの期待をしておるのかもしれぬが…)」 駅に、歩道に。集まる人々の近くを横切り、 ガラティアはそんなことを考える。 ルーポラは待っていることだろう。 早く着けないという点では、確かに裏切ることになるだろうが、 いつ止むかわからない大雨に、復旧の目処がない交通機関だ。 それならば、時間がかかっても… 確実に着く方法を選んだ方がいい━━━━━。 「━━━━━あれ!?ここ、今まで立ち入り  禁止なんてこと、あったっけ…!?」 その頃。ルーポラは植物園から離れ、 近くの駅へと行ってみることにした。 この大雨は、結構長く続いている。 ガラティアがなかなか来ないことも、 それが関わっているのではないかと思い、 今の状況を調べてみることにした。 …その大雨は、まだ続いている。 仮にも晴れている中で降っているのだ。 きっとこれはすぐに止むにわか雨だろうと思ったが、 長く続いているその様子を見て、 もしかしたら違うのかも、と調べてみることにした。 「(…いくら期待してるからって、何もかもを   ガラティアに任せるのは、よくないよね)」 そう決心し、今のような行動に出たのだが…。 道中、気になるものを見つけた。 植物園から駅に続く道に、立ち入り禁止の テープが張られ、道が封鎖されている。 「(おかしいな…。日の暮れる前にに来たときは、   こんなの張られてなかったと思うけど…)」 道を塞ぐように張られた黄色いテープに、 ルーポラが首を傾げる。テープには、 『KEEPOUT』と黒文字で書かれてあった。 どうして、こんなところに張られているのだろうか。 「(困ったなぁ…。近くの駅に行きたいだけなのに…)」 この道さえ通れば、と考えて選んだものの、 どういうわけか…道は通れなくなっていた。 ルーポラが、周囲をキョロキョロと見渡す。 もしガラティアが傍にいたら、左腕の剣…?刀…? 装着しているブレードで切ってくれるだろうに…。 「(…他に、道…。駅に行ける道…、ないかな…)」 そうして、駅へと行くことができる他の道を探す。 こうやって外を歩いている中でも、 大雨は容赦なくルーポラを、またガラティアを襲い、 2人をびしょ濡れにしてしまっている。 …いや、自分達の場合は身体が身体なので、 濡れるということ自体は、 生前の頃に比べて悪影響は少ないかもしれない。 …それでも、大雨に加えて次第に強まりつつある日差しだ。 時間帯も夜明けから朝、そして昼へと変わろうとしている。 空気中のこれだけの水があり、強くなる日差しだ。 雨であろうが蒸気であろうが、 空気中に水分が多くできると加湿になる。 それに加え、日差しが強くなれば当然気温も上がる。 高温加湿。それならばどうなるかは大かたは予想がつく。 …機械化した身体の一部が、どうなるか。 このまま、濡れ続けるのはよくない。 お互いが早く会えるための手段を━━━━━。 …行こうとした道とは別の道を通り、ルーポラが駅に着いた。 駅には、まだたくさんの人が残されている。 人ごみの中にあるわずかな隙間を頼りに、駅の中へと進んでみる。 …電車の運行時刻が載っている電光掲示板を見た。 電光掲示板の内容は、すべて運転見合わせとなっている。 「………」 それを見て困惑した。運転見合わせということは、 この駅にいる人は皆、どこか用事があり、 行きたい場所があっても行くことができないということか。 「(…じゃあ、もしかしてガラティアも…)」 電光掲示板を見た後に、周囲の人々の様子を見た。 電車が…交通機関が機能していないということは、 やはり…そういうことになるのだろうか。 一度、人ごみから離れ、駅の入口へと移動した。 そうして、そのまま植物園まで戻ろうかと悩む。 「(…駅で待ってた方がいいかな…。…でも、   待ち合せ場所にしたのは植物園だし…)」 …ますます、心配になってきた。 困ったことに、死んだ後である今の自分達には、 緊急連絡の手段が何1つない。 「(ガラティア…)」 …その彼が、一体どのようにしてここまで来るというのか。 いや、こんな悪条件が重なったなら、寧ろもう来ないか。 待ち合せ場所であるここに来るに当たって、 尤も利用しやすそうなこの駅が駄目な状態なのだ。 …いくら彼でも、己の足でここまで来るのは厳しいかもしれない。 そんなことを考え、オロオロしていると…。 『━━━━━ザ ン ッ ! ! ! !  ギ…ギギギ………ズシャアアアアンッ!!』 「━━━━━きゃっ!!?」 突然大きな音が聞こえ、ルーポラがビクリと肩を震わした。 短く悲鳴を上げ、一体何が起こったのかと振り返ってみると、 駅から見える、植物園のある公園の 大きな樹がなくなっていることに気付く。 …誰かが、公園内の樹を伐ったというのか。 「えっ…!!?何!!?何なの!!?」 彼がいないため。ただでさえ心配で仕方がないのに、 追い打ちをかけるかのように、こんな異変まで起こった。 …駅にいる人々は皆携帯電話やスマートフォンの画面を見ている。 誰かに頼るということはできなさそうだ…。 仕方ないと、植物園のある公園に戻ることにした。 彼を待っていたときには、作業員に よる樹の伐採は行われていなかった。 ならば、一体誰がそんなことをしたというのか。 「(…マルゲリさんなら、こういうことをするだろうけど…。   私に心当たりがあるといえばその人くらいだし、   …知らない人だったらどうしようかな…。   でも、一体どうして樹を…?)」 駅から公園へ戻り、そこから植物園へ戻る際には、 当たりを警戒しながら歩いていった。 それで、樹がなくなったであろう場所まで向かう。 …すると、先程まで降っていた大雨が止んでいることに気付く。 また、植物園の近くで、誰かに伐られた樹が 年輪が見える程見事に切られ、 公園を通路を塞ぐようにして倒れ込んでいる。 …次々に起こる変化についていけない。 …だが、伐られた…否、伐った樹の先端の方で、 誰かが腰を下ろしているのを見つけた。 その誰かは…━━━━━。 「━━━━━ぇえっ!!?ガ…ガラティア!!?」 「…うむ」 彼…ガラティアが樹の先端を手に取り、眺めていた。 待ち合せをしていたが、先程までがいなかった彼の姿を見て、 ルーポラは物凄く驚いた顔をする。 そんなルーポラに対し、ガラティアは軽く頭を下げる。 そうしてから、自分が伐った樹の先端に視線をやって、 ルーポラに…、こんなことを言う。 「…大雨が、止んだであろう?」 「…え?あ…、う、うん。…でも、どうして?」 「それは、こやつが原因でござるよ」 「…?…どういうこと?」 「まぁ、見ておるといい」 怪訝そうな顔をして首を傾げるルーポラを見て、 一瞬笑ってからガラティアが立ち上がった。 伐られた樹の先端を、ルーポラに見せる。 「葉に覆われた枝の先をよく見るでござる。  …ほれ、先端にスプリンクラーがついておる。  ここに来るまでの道中、この手の樹を何本か見かけた。  大雨の原因は、これで間違いないであろうな」 「え………ぇえ〜〜〜〜〜〜〜!!!!?」 「…道理でおかしいと思ったのじゃ。こんな晴天で、  何故あれだけの大雨が降っておったのか。  誰が何の目的で森林の中に紛れ込ませたのかのう…」 「そ…、そうだったんだ…」 先端を見せて説明した後に、ガラティアが大きな溜息をつく。 それに対し、ルーポラの方は信じられないと大きな声を上げた。 溜息をついて俯いた顔を上げ、ガラティアがルーポラに言う。 「拙者が見かけた樹はすべて伐採したでござる。  意図がわからぬが故に放置しておこうかとも思うたのじゃが、  交通機関に支障を出すなど、何様なのじゃと思うてな」 「そ、それもそうだね…。…?…それなら、大雨は?」 「大丈夫でござるよ。もう止んでおる。…尤も、  それ相応の被害は出ておるがゆえに、  交通機関の復旧の目処は、拙者にはわからぬが」 「そっか。それなら一安心だね」 ガラティアがそういうのを聞き、 ルーポラもホッと胸を撫で下ろす。 これ以上、大雨が降らないというならば、 暫くは大丈夫かもしれない。 何より、ガラティアも無事にここまで来てくれたのだ。 ルーポラが、嬉しそうに笑った。 「でもよかったよ!ガラティアが無事に来てくれて!  私、どうしたらいいのかと迷ってたところなんだ」 「そうか。それなら拙者もよかった。  天候が変わらぬ限り雨は降らぬことであろう。  結局、待ち合せには遅れる形にはなってしもうたが…」 「それはしょうがないよ。ガラティアは悪くない。  何より、こうやって一緒になったんだし、早く行こうよ!」 「うむ、そうじゃのう」 ガラティアの右手を取って、ずっと待っていたという ルーポラの嬉しそうな表情を見て、 ガラティアも微笑し…、小さく頷いた。 END