━━━━━…ちょっと前に、貴族のような中年男性と擦れ違って。 ほんの少し前に、警察に追いかけられて。 そして…つい先程、連続強盗事件の報道が流れた。 …普段寝泊まりしている、古ぼけた寺院の中で座り、 大きくため息をつく。いや…寺院とはいっても、 傍から見れば遺跡や廃墟の方が見えるかもしれない。 「…狙っていたあの男が発端なのか?あれから、  警察に目をつけられるようになった気がする。  おれの身柄は、いつまで持つかな」 目を伏せ、やや疲れた様子でそう言った。 誰かに通報されて、捜索が続いているとしても、 まさか自分が仮にも寺院であるこの場所に 身を潜めているとは、さすがに警察も思わないだろう。 それでも、念には念を入れておく。 周囲に誰かいないかを確認してから、 収穫物を床に広げ、1つ1つ手に取って眺める。 「よし…、今日奪った物は…━━━━━」 宝石から装飾品、そして機械の部品と様々な物がある。 盗品とはいえど、自分達の場合は貴重な資源だ。 大事に扱えば、これでまだ何かを得られることであろう。 【知ってはいけない裏現場】 …奪った物は、これからあの女のところへ持っていく。 まさか、自分から盗品を仕入れ、 ネットや店で販売している者がいるなど、 殆どの者は思わないかもしれないが…。 …大まかな価値はわかっても、細かい価値はわからない。 これから、彼女のところへ行こう。 多少の厄介ごとはあるだろうが、 奪った物がすべて金になるのなら、 自分にとっては美味しいことである。 セピア色の装束に黒い髪の青年…コンネスが奪った物を鞄にしまい、 スッと立ち上がって寺院を後にした。 それで、屋根から屋根へと飛び移り、 奪った物を換金するためにある店へと向かった。 …事件が起こったドマイ・アンペンの街から離れ、 隣町であるブドス・リントプへと向かう。 警備が緩いと思っているこの街ならば、 特に大ごとにならずに目的地へと行けそうだ…。 …やがて、やってきたのは大型店だった。 「…いつも思うことなんだが…。  浮くかと思えば、意外と平気なんだな」 周囲の人々の様子を見て、コンネスがポツリと呟いた。 店が開店間際であるためか、入口の前で皆が待っているようだ。 誰も、コンネスを見ている者はいなかった。 その様子を見て、若干複雑そうにするものの、 自分の用事を済ませようと、コンネスは店の裏側に回る。 そこは、商品搬入口で、関係者以外は立ち入り禁止だ。 「………」 その近くまで行ったところで無線通信機を取り出し、 電源を入れて関係者と連絡を取る。 …自分と連絡の取れる関係者など、 ━━━━━彼女しかいない。 【知ってはいけない裏現場】 「━━━━━…おや?コンネス、まだ帰ってきてないのかい?」 その頃の寺院。コンネスが外出したことで、 誰もいなくなった寺院に、また別の者が帰ってきた。 白い服と髪、そして浅黄色の袴を着た老婆だ。 老婆…ケートスは、少し前までコンネスがいた部屋を、 少し不思議そうな顔で見回す。 「いつもなら、そろそろ帰ってきてる頃なんだけどね。  …もしかして、何かやらかしちまったのかねぇ…?」 妙に軽い感じでそう言った。それでも、 まったく気にしていないわけではないようで、 部屋の中へを足を踏み入れ、引き出しの方へ進んでいく。 …すると、引き出しの上に、誰かが 自筆したと思われるメモが転がっている。 それを見てみると、掠れた文字ではあったが、 ケートスはなんとか読むことができた。 『悪い。道中貴族と擦れ違った後に一悶着があった。  おまえがこれを読んでいる頃、おそらくおれは  盗んだ物をあの店の女に換金しに行ってるところだろう。  だから、もう少し待っていてくれ』 「…そうかい。別に構わんけど」 …これを読む限りでは、普段と同じことをしているらしい。 コンネスが無事であることを知ると、 ケートスも淡々とした様子で呟いた。 …だが、その直後物凄く気に食わなさそうな顔をする。 「…それにしても、女ならここにもいるじゃろう。  あたしがもっと若ければ、コンネスの身に危険が  降りかかることもないじゃろうて…」 …自分しかいない部屋で、悔しそうに言った。 自分の気に入った誰かが別の者のところへ行く。 それを知る度、どうして自分はこんな気持ちになるのだろう。 …まぁ、それもいつものことなのだが。 自分が不満げにしているうちに、 そのコンネスは寺院に向かって歩き出していることだろう。 貴重な買取人に会って、自分が確保した安全な場所に帰るために。 「…気に食わないねぇ。あたしができないことを  別の誰かがやってのけられると…」 コンネスが残したメモを取り、ケートスが部屋の中心に座った。 そうして、しばらくは何もせず、コンネスの帰りを待つ━━━━━。 『━━━━━ピーッ…。ボツボツボツッ…』 「…あら?誰かしら?わたしまだ業務中なんだけど…」 普段通りに働いていたら、突然自分の 持っていた内線が鳴り出した。 金色のロングヘアーに黄緑色の服、 そして濃いめのエメラルドのスカート。 業務中と言った女性…ロディが作業中の手を止めた。 …誰かが、自分を呼び出している。 他部署からのヘルプか。それともお客様からの問い合わせか。 不思議に思いながらもロディが内線に出てみると、 『━━━━━ロディ、聞こえるか?』 「━━━━━んまっ!!あなたはっ!!」 『バッ!!』 聞き覚えのある声に、ロディは歓喜の声を上げる。 その声は店内の他の従業員にとっては大きかったらしく、 突如上げたロディの声に、殆どの者が振り向いてしまった。 一斉に向けられた自分への視線。業務上、 常に周囲の様子を窺いながら行動している ロディが気付かないわけがなかったようで…。 「………………あ………………」 ロディも、驚いた者達の方を向いて、ピタリと動きを止めた。 それで、ばつの悪そうに皆に言う。 「す…、すいません!少し、緊急のご依頼が入りまして…、  わ、わたしは一旦、失礼いたします!」 (ごめんね!ちょっと場所を変えるから待ってて!) 『キィ…、パタンッ!』 そう言うと、他の従業員に目もくれず、 ロディは店の裏方へと移動していく。 先程のことは早く忘れてもらおう、 気にさせないでおこうと考えつつも、 倉庫を抜け、商品搬入口の方へと進んでいった。 …ちょうどよかった。時間帯が時間帯のためか、 商品搬入口には誰もいない。その光景を見て一安心して、 窓と入口をすべて閉め、換気扇のスイッチを 入れてから再度内線に出る。 「…ごめんなさいね。あなたとの会話が  聞かれると、まずい場所にいたものだから」 『そうか…。まぁ、別に気にしちゃあいない』 場所を変え、自分の話が聞こえないようにしてから、 内線の相手に慌てた様子で話す。 内線の声は、つい先程この大型店の商品搬入口に 侵入し、このロディを待ち続けていた人物。 「…コンネス?今どこにいるの?」 「おれなら、ここにいる」 落ち着きを取り戻して、どこにいるのかと問うと、 自分が閉めた入口付近にコンネスがいることに気付く。 壁にもたれかかり、腕を組んで待っていたようだ。 ロディに気付くと背筋を伸ばし、ロディの方を向いた。 コンネスと目があった直後、ロディの目つきも変わる。 「あらぁ、相変わらず素敵ねぇコンネス。  今夜、わたしといいことしない?それとも━━━━━」 「…っ!…ったく、顔を合わせておけば…!!」 「うっふふふふ…、まだその時間じゃないかしらね」 「ほどほどにしろよ。おれはそのためにここに来たわけじゃない」 「えぇ、勿論」 変わった目つきを見て、一瞬ぎょっと身を引いてから、 コンネスが吐き捨てるように言った。 否定的なその様子なのにも関わらず、 ロディが少しからかうように言えば、 コンネスも露骨にムッと眉を寄せ、顔をしかめる。 それを見て、ロディも困ったように笑った。 そんなロディの態度に大きくため息をついてから、 コンネスが理由と用件を話す。 「ここに来たのは、おまえに鑑定と  買取をしてほしいからだ。…おれが奪った物の」 「あら。また鑑定と買取という名のプレゼントをくれるの?」 「だから違う!からかうのもいい加減にしろっ!」 「ごめんなさいねぇ。困惑したり  怒ったりするあなたが素敵なものだから」 「………っ………」 …この女は、一体何を企んでいるのだろう。 いや、そもそもここに来たのが自分だとわかった時点で、 密かに何かを企んでいるに違いないとは思っていたが…。 …大きなため息、再び。 そんなコンネスを見て、ロディが楽しそうに口を開く。 「でも、奪った物の鑑定と買取、確かに了解したわ」 「?…、そ、そうか…」 「えぇ。とりあえず、鑑定して買取料金を提示するわ。  買い取るにも、まずは合計金額を出さないとね」 「あぁ」 そのように投げかけると、コンネスも頷いた。 会ったばかりの際には、必ずといっていい程調子を狂わされる。 それだけに、買取金額は高めにしてほしいと考えるが…。 楽しそうに見えるロディだが、妙な感じもして。 奪った物の鑑定を引き受けたロディに、 コンネスは腕を組んで目を伏せている━━━━━。 「━━━━━たっだいまー!!………あれ?コンネスは?」 「あぁ、おかえりアイ。コンネスかい?  コンネスなら、盗んだ物を換金しに行っとる。  帰るのは、いつもより遅くなるじゃろう」 「ぇえっ!!?」 …その頃の寺院。ケートスがコンネスの帰りを待ちつつ、 料理をしていると、また別の者がやってきた。 黄緑色でリボンのついたカチューシャ、山吹色のバルーンスカート。 そして…首元を手首に拘束具を身につけている少女…、 アイが無邪気に声をあげた。 その声を聞いたケートスが、料理しながらもアイの方を向き、 ほんの少しだけ笑いながらそう言った。するとアイは声を上げ…、 「やだやだやだぁあっ!!盗んだ物を換金とか言って、  それって本当はあたしのこと嫌いなんでしょっ!!?」 「なんでそうなるんじゃ…」 「だってだってだってー!!あたしが帰ってきたのと同時に  いなくなっちゃったってことでしょー!!それって入れ違い!!」 「そんなわけなかろう。用があって出かけとるだけじゃ。  …おまえも、その被害妄想をなんとかした方がいいのう…」 「ぶぅー…」 ただをこね始めた。その場に座り込み、 ジタバタと暴れるアイに、ケートスが呆れ気味に言う。 一体、何を根拠にアイはそう言っているのか。 ケートスが『そんなわけがない』と言うものの、 アイは聞く耳を持たず、しまいにはふてくされてしまう。 そんなアイを見て、ケートスも大きなため息をついた━━━━━。 『━━━━━強盗事件があった。先週、片思いの  男性とその知り合いを狙った連続殺人が起こった。  そして、その更に前の週では、野良猫や野鳥と  いった動物が大量虐殺された』 …そんな者達が裏で集まり、また取引を行っているなど、 果たして表社会の者達は知っていいものか。 読んでいた日誌を閉じ、スキーマが窓の向こうの景色を見る。 END